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第一回単独公演本番 by葛西啓之

日時:令和元年9月7日
執筆者:葛西啓之
タイトル:第一回単独公演本番

みなさまこんにちは。葛西です。

2019年8月12日、北沢タウンホールにて行われた「彩HOME vol.4 “奏”」、おかげさまで無事に終えることができました。
ご来場くださいました皆様、応援くださいました皆様、ありがとうございました!

和太鼓彩のはじまりの地、北沢タウンホール。
この場所で、そして、結成当初から和太鼓彩を支えてきたメンバー達による「奏」はいかがでしたでしょうか。
皆様に「彩HOME」ならではの、和太鼓彩の歴史と原点をお届けできておりましたら、嬉しい限りです。

さて、本日はそんな想い出の地、北沢タウンホールにて2009年に行われた、「第一回単独公演 本番」のお話をしたいと思います。
どうぞお付き合いください。


時は2009年、1月1日。
夢の「第1回単独公演」を10日後に控えたお正月。
会場手配や楽曲制作を無事に終え、あとは稽古を重ねて本番を迎えるのみ・・・
のはずが、私は絶望に打ちひしがれておりました。

なぜか。

そう、卒業論文の提出も、1週間後に迫っていたからです。
神様のいたずらか、なんと卒論提出日が単独公演の前日。
それまでの半年間は奏の作曲に自身の全てを費やしてきたので(いや、怠けてただけかもしれませんが)、目の前にはほぼ白紙の紙とペンのみ。。。
これから1週間で、公演のリハーサルも毎日あるのに、4万字もの論文を書かなければいけない・・・という絶望的な状況に打ちひしがれていたのです。。。

とはいえ留年するわけにもいかないので、ひたすらに手を動かし、なんとか卒業論文を書き終え、公演前日に無事提出したのでありました。
確か、1月4日〜8日くらいまで寝ずに書いていて、ライブ前に体調がズタボロだったことを覚えております。

・・・まあ、何が言いたいかと申しますと、「何事も計画的にね☆」ということです。笑(自戒)

さて、話が逸れてしまいましたが、本題に行きましょう。

今日のテーマは、

「第1回単独公演 本番」

です!

公演パンフレット表紙

朝から会場入りした彩の面々。
この時は、まだ総勢9名のチームでした。

今でこそ慣れてきたホール入りしてからの仕込みや準備も、当時は何から何まで全てが初めて。緊張の連続。
ホールの方に教えていただきながら、みんなで手探りでひな段を組んだり、照明を仕込んだりしたことを覚えています。

ちなみに、プロの業者さんに照明をお願いするお金もなかったので、照明は私の姉に手伝ってもらいました。笑
記念すべき和太鼓彩第1回単独公演の照明が姉とは・・・笑

さあ、無事準備とリハーサルが終わり、夢の舞台が開演します。
せっかくなので、いくつか当時の楽曲を紹介していきたいと思います。

こちらは、一曲目の楽曲。
確かライブ直前に作った、暗めの、おどろおどろしい一曲です。
動画を久しぶりに見返すまで、オープニングをこの演出にしたことを忘れていました・・・
当時の心境をあまり覚えていないのですが、、、うーん、なんでしょう。やはり一番最初は「静」から入りたかった葛西青年だったのでしょう。

続いて2曲目。
静かなオープニングを3分くらい経て、ようやくきます、「動」の一曲。
THE・和太鼓!という迫力の曲ですね。
葛西青年も今では考えられないくらい、エネルギッシュに打ち込んでおりました。笑
(いや、もちろん今でもエネルギッシュに打ち込んでおりますが。笑)

3曲目は、一風変わった、桶太鼓を縦に担いだ演目。
当時から色々な奏法に興味を持ち、チャレンジしていたのであります。
そして、篠笛も入っていますね。
当時はよく佐藤くんも篠笛を吹いていたのです!

続いて4曲目。
こちらは「森羅万象」という楽曲で、結成メンバーの林くんが高校時代に作った楽曲です。
なんと篠笛三重奏! 「さざなみ」を思い起こしますね。
しかし、4曲目に静かな篠笛の曲を持ってくるあたり、私の演出には10年前から、やはり一定のこだわりがあるようです。

その後何曲か入り、第2部の中盤にはこちら。
はい、「ギャグ曲」ですね。
結成メンバーの葛西・このだ・林、の3名が被り物をして、コミカルに演奏しております。
この頃は(最近も?)、「公演の中に1曲はギャグ曲がないといけない!」なんて思っていまして、毎公演で考えて入れておりました。
果たしてウケたのかな・・・?

しかし、第2部の中盤にギャグ曲を持ってくるあたり、私の演出には10年前から、やはり一定のこだわりがあるようです。(2回目。笑)

当時から担ぎ太鼓の練習にも力を入れておりまして、終盤には担ぎ太鼓メインの楽曲を披露!
ちなみに私は、当時?担ぎ太鼓は全く演奏できなかったので、上手端でチャッパを演奏しております。

そして最後はもちろんこの曲、「奏」。
半年間の作曲・練習の集大成となる「奏」を披露。

その後アンコールを2曲お送りし、夢の単独公演が幕を閉じました。


こうして夢の第1回単独公演を終えたわけですが、やはり、この公演には並々ならぬ想いがあります。

まずは、月並みですが、「感謝」。

2005年に結成したものの、当時はまだ18歳。
お金もないし、車も運転できないし、知識も経験もないし、何より、未成年だから責任もない。
向こう見ずで非常識な青年達の「とにかく太鼓がやりたいんだ!!!」という想いを現実のものとするために、家族はもちろん、本当にたくさんの方々が力を貸してくださいました。

桐蔭学園和太鼓部が大太鼓を貸してくださり、友達はたくさん宣伝を手伝ってくれ、そして家族からもお金や労力をたくさん借り・・・
今でももちろんそうですが、特にこの公演は、和太鼓彩以外の方々の支えなくしてはできなかったものだったと思います。

私たちが舞台上で演奏できるのは、スポットライトを浴びることができるのは、たくさんの方々が支えてくれているからだー

そんな当たり前のことに改めて気付かされた公演でもありました

改めてになりますが、いつも和太鼓彩を応援くださっている皆様、たくさんの力を貸してくださっている皆様に、御礼を申し上げたいと思います。
本当に、ありがとうございます。

そしてもう一つは、「決別」。
以前のレポートでも書かせていただきましたが、私はこの公演をもって、和太鼓彩を引退致しました。
(参照 http://wadaiko-sai.com/archives/history/190530

「太鼓で食べていきたい!プロになりたい!」
という、当時の私にとっては超非現実的・無謀な夢を諦め、立派な社会人として世の中に出ていくためです。

「太鼓が好きすぎて、趣味で太鼓をやるなんてできない」
「太鼓に触れたら、絶対にプロでやりたくなってしまう」

そんな危機感を持っていた私は、社会人になったら太鼓は辞めよう、彩を引退しよう、と決意していたのです。
今でもそうですが、ゼロか百か。迷惑な程に、極端な人間なのです。

そんなわけで、この公演が私にとっては「引退公演」、
いや、「決別公演」でした。

こんなにも愛してやまない和太鼓との、今生の別れ。
大げさかもしれませんが、そんな想いで太鼓を叩き、最後は本気で、「このまま舞台上で身体がバラバラになってもいいー」そんなことを思ったのを覚えています。

ですが公演後、私の心は晴れ晴れとしていました。

もうやりきった。思い残すことは何もない。
太鼓でできることは、全てやった!

そんな、筆舌に尽くしがたい程の達成感と誇りが、身を包んでいました。
これからはこの誇りを胸に、和太鼓以外の世界で生きていこう。
いっぱしの社会人になって、これまで迷惑かけた分、世の中に貢献してこう。
そんな眩しい未来を思い描いていました。

・・・この時はまだ、和太鼓の無限の可能性に、否、人の心を掴んで離さない底無しの“魔力”に、気づいていなかったのかもしれません。

さあ、というわけで、本稿をもってようやく私のヒストリー第1章「学生編」が終了となります。
和太鼓彩にとっても、結成〜第1回単独公演までが、第1章になりますかね。

次回からは第2章、怒涛の「社会人編」に入っていきますので、どうぞご期待ください。
今回も長文にお付き合いくださいまして、ありがとうございました!

〜おまけ~

第1回単独公演 裏表紙

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