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和太鼓漬けの大学時代 by酒井智彬

日時:令和2年3月1日
執筆者:酒井智彬
タイトル:和太鼓漬けの大学時代

大学時代
講義に通いながら、和太鼓彩の活動をしつつ、他にも和太鼓の活動を行なっていた。

大学の和太鼓サークルである。
このサークルでは、日本の一部の民俗芸能を学んでいた。
そこでは、芸能の現地に行き、実際に芸能に心から向かい合っている方々を間近で見ることができた。
この経験が、今、“酒井智彬”という演者を形成している重要なものであると感じる。

今回は、現在の僕に大きな影響を与えたであろう大学時代のお話。


和太鼓を始めとする日本の伝統的な楽器の魅力にどっぷりハマった高校時代。
毎日、太鼓を練習しに学校へ通っていたのではないかというハマり具合。

そんな大好きな和太鼓との別れ、すなわち部活の引退(http://wadaiko-sai.com/archives/history/190707)を経て、大学の受験勉強へ突入していった。

「もう和太鼓を演奏しなくても後悔しない!打ちきった。和太鼓はやりきった!!」

そう自分に言い聞かせないと、大学受験の勉強に集中できない。
自分自身に暗示をかけたのである。

『和太鼓はもう満足した。そう絶対!!』

そして無事、大学受験を終えた。
時間が経つうちに、自分の中で、
その暗示が、もう今後、和太鼓をやらないという考えに変化していた。
大学ではもう別なことをやろう。

と、思えるわけもなく、
入学した大学、東京学芸大学に和太鼓サークルがあり、すぐさま足を踏み入れていたのである。
飽くことなく、それどころか以前よりも増して、満足したはずの和太鼓を演奏できること・和太鼓を勉強できることが、楽しみでしかなかった。

サークルの名前は『和太鼓サークル結』。
このサークルは、和太鼓彩や高校時代の自分たちの団体で作曲し、演奏する形ではなく、日本各地に伝わる民俗芸能を学び、自分たちでも実践してみるような団体であった。
高校時代に出会った創作の太鼓とはまた異なる種類の太鼓を学ぶことができたのだ。

自分が大好きな楽器がどんな歴史を経て、舞台芸術のような形になったのか知りたくて仕方がなかった当時の僕に、ピッタリなサークルであった。

以前のヒストリー(http://wadaiko-sai.com/archives/history/190901)でも述べたが、各地の民俗芸能を学ぶため、様々な場所・祭りに繰り出していた。

いろいろな場所に行き、それぞれ地で、固有の民俗芸能に触れた。
それぞれの社会において、習慣や風俗、信仰などに結びつくことが多く、それらは祭礼ななどの行事で、行われることが多かった。

そう“祭り”である!
その地域に住む方々が年に1回のお祭りを心から楽しみにしていて、お祭りでは、まるでその人たちの全てをかけたかのような、地域に根ざした芸能を見ることができた。

そこでは、太鼓が人々の生活・習慣の中にあったのだ。
地域の人と人との繋がりが希薄になった都心に住む自分には、太鼓が生活の中にある文化がとっても羨ましかったし、衝撃的であった。

自分事ではあるが、幼少に大阪から東京に引っ越してきた。
成長期という時間の中で、全く知らない土地に住んだということで、自分自身のいる場所が持つ、一種、アイデンティティのようなものを望んでいたのであろう。
だからこそ、アイデンティティを欲していた僕にとって、地域の根付いた芸能には、どこか羨ましい思いがあった。

また、それぞれの地域の中に太鼓が必要とされているということが、非常に実感的で衝撃的であった。
当時の僕からしてみたら、舞台芸術として出会った“和太鼓”が、人々の生活の中の一部にあるという現象。
和太鼓が現在に残されてきた歴史から見ると、それは全くの逆なのだが・・・笑

芸能があったからこそ、舞台芸術として和太鼓演奏という形ができた。
その事実を実感的に、直接、芸能に触れることができたからこそ、分かることができた。

和太鼓が芸能という形で昔から必要とされてきたから、今現在、自分が舞台で和太鼓を演奏することができるのであろう。
自分が今やっている舞台芸術とは、なんなのだろうか。
その当時抱いていた疑問を解決するための根本的な事実を体験することができた。

もちろん、その芸能自体に触れることが僕の目的であったし、非常に勉強になった。

しかし、今思うとそれ以上に衝撃的だったのは、その祭りに向かう現地の皆さまの姿勢であった。
この姿勢が、今の僕の舞台に立つ心意気に大きな影響を与えた。

その祭りの日に向け、長い期間、一生懸命に準備し、祭りに向かっていく。
僕にとっては一生懸命に見えたが、きっと皆さまにとってそれは、日常・習慣であり、その地に根ざした文化なのだ。

その準備の熱量もさることながら、祭り当日の皆さまの熱量は半端ではない。

皆さまの溌剌とした様、
心から祭りを楽しむ様、
地域の人を元気付けよう、一緒に楽しもうとする様、
その場にいるすべての人を巻き込む熱量。

舞台に立つものとして、その“祭り”のもつ力に圧倒された。

僕もこんな熱い思いを持って、舞台に上がりたい・・・

現地の皆さまの熱量に負けないぐらいの熱い思いを持って、毎回の舞台に上がれば、どれほどお客様に楽しい時間をお届けできるのかと。

酒井智彬という演者としての核を構成する大切な一つの経験であった。

僕という人物が、和太鼓彩の舞台を観に来てくださるお客様に対して、

「心から楽しいお時間をお届けしたい。」

と思う気持ちは、この経験が出発点であると思う。
僕自身、現地の方々に自分の故郷であるかのように、楽しくて、どこか温かい時間を過ごさせていただいた。

次は僕が、
和太鼓彩の演奏を観に来てくださる方へ、

楽しくて仕方がない、最高に心温まる時間をお届けしたい。

和太鼓彩 酒井智彬

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