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いざ、熊本! by葛西啓之

日時:令和2年6月25日
執筆者:葛西啓之
タイトル:いざ、熊本!

2012年1月、第4回単独公演「衝動」を無事に終えた和太鼓彩。
(前回のレポート URL:http://wadaiko-sai.com/archives/history/20603 参照)

2011年には初めて自作曲だけでライブを行い、
そして今回の公演「衝動」では、「ファンの方々だけで満席にする!」という目標を達成。
悩みもがきながらも表現した私たちの「衝動」はたくさんの方々に届き、これからいよいよ、夢の「プロ化」に向かって動き出していこうー

大いなる大志を胸に、「和太鼓彩の代表」と「サラリーマン」の二足のわらじ生活を続けておりました。

・・・そんなある日、事件は起きました。

1月某日。
第4回単独公演「衝動」を終え、数日経っても興奮冷めやらず充足感に浸りながら会社に出勤した私は、突然、部長に呼び出されます。

「あれ、僕なんかしたっけ?怒られるのかしら・・?」

なんてドギマギしながら会議室に入ります。
そして言われた一言。

「葛西くん、営業に異動が決まったよ」

・・・

正直、この時点では驚きはあまりありませんでした。
サラリーマンなのでもちろん異動はつきものですし、当時私はマーケティングの部署にいたのですが、マーケティングを学んだのち営業に出る、というのはある種、既定路線なのです。
遅かれ早かれ自分も営業に出るんだろうな〜とは思っていました。
なので、ごくごく冷静に質問をします。

「わかりました。で、どの部署に異動ですか?」

・・・ここで、私の人生を変える衝撃の一言が返ってきます。

「●●社の担当営業になってもらいます」

・・・!!?

はい、驚くことなかれ。

この「●●社」様、なんと本社が熊本にあるんですね。

地方転勤が少ない会社だったので、唯一とも言える「●●社の担当は熊本に行く」という話は有名で、私も存じ上げていたのであります。

「あと数年、いや、1年くらいは二足のわらじを続けながら、時がきたらプロ和太鼓奏者になろう!」と決めていた私ですが、急転直下の熊本転勤が決まったのです。

*厳密に言うと、東京のクライアントさんも掛け持ちだったので「転勤」では
 なく、「出張」扱いだったのですが。(詳細後述)

部長からまさかの熊本異動を宣告され、ぐるぐる脳味噌が回転します。

(え、熊本行ったら太鼓できなくなるよね?どうしよう、、、)
(もういっそ、今ここで会社辞めちゃうか・・!?いや急すぎるよな・・)
(というかもしや、会社は俺が辞めようと考えてるのを知ってて熊本転勤にしたのかな?こわっ!)

などなど。。。

そして、ようやく絞り出した一言がこちら。

私「あの・・・すみません、、、実は僕、会社辞めようと思ってるんですケド。。。」

部長「!!!?」

あ、思わず言ってしまったーーーーー
まだ100%決心がついているわけじゃないのにーーーー
想定外の内示に混乱して、勢いで言ってしまったーーー

・・・そこからは異動の報告改め、部長との面談が始まりました。

会社辞めるってどういうこと?
辞めてなにすんの?
バカなこと考えるのはやめなさい!
etc…

・・・最終的には、私も100 %決心がついていたわけではなかったので、
とりあえず会社を続けるという方向で、もし何か心に変化があった場合、異動先の上司と再度話し合いましょう、と。
そんな結論に至りました。

かくして、平日は熊本に行き、土日は太鼓のために東京に戻ってくる・・・という東京⇄九州を死ぬほど往復する二足のわらじ生活が始まったのであります。

*ちなみに、上述した「熊本は転勤ではなく、出張扱い」についてですが、
熊本のクライアントさん以外に、東京のクライアントさんも掛け持ちで仕事をしていたため、週によりますが、

たとえばある週は月曜の朝イチで熊本に行き、熊本で4日間ホテル滞在、
金曜の最終便で東京に帰ってくる。
 
またある週は、月曜の朝イチで熊本に行き、火曜の朝イチで東京に戻り、
再び水曜に熊本に行き、木曜に東京に戻り、金曜に熊本に行き、土曜の朝イチで東京戻り・・・なんていう時もありました。笑

なるべく熊本の仕事と東京の仕事をまとめられればよいのですが、
いかんせん、クライアントさんありきの仕事なので、そうもいかないんですよね〜

そして当時、和太鼓彩の活動もプロに向けた過渡期で拡大化していましたので、毎週土日は必ず演奏や練習が入っており・・・
代表の私が、しかも超大事な時期に行かないわけにはいかないので、土日は必ず東京に戻っていました。
(もちろん、仕事でどうにもならない時もありましたが。。。)

こうして、地獄の東京熊本ひたすら往復生活が始まったのです。
和太鼓彩プロ化に向けた悩みと葛藤、営業マンとしての慣れない業務に加え、毎日の大移動。
この1年のストレスと顔の蒼白さと痩せっぷりは、私の人生でも最大級だったのではと思います。
2012年の時の写真は、なんだか人相が違いますね。。。

さて、このようにして幕をあけた、怒涛の2012年。
果たして葛西青年の運命やいかに・・・!

次回は、『和太鼓彩伝説の初のツアー「衝動」(つくば公演・松戸公演)』を振り返りたいと思います。
実は衝動ツアー中、実は私はこんな怒涛の生活を送っていたのであります〜。

それでは、今日はこのへんで。
ばいばい〜

余談ですが、この1年間で、ANAもJALもダイヤモンド会員になりました。笑
後にも先にも、この1年間ほど飛行機に乗りまくることはないでしょう。

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