塩見の和太鼓第一話はここから始まった by塩見岳大
日時:令和3年6月27日
執筆者:塩見岳大
タイトル:塩見の和太鼓第一話はここから始まった
2005の春。
中学生から高校生になると、
自分の世界が少しだけ拡張されて、
少しだけ多くの事を知った気になって、
少しだけ大人になったような気がした。
すると、
かつて憧れた少年漫画の主人公みたいに汗水垂らして頑張る事が、
かっこ悪い…とまでは言わないけれど、
少し色褪せて見えた。
ある朝起きたら魔法が使えるようになるわけでもないし、
僕の前に異世界へと続く扉が現れることはないし、
幼馴染みの女の子が家へと迎えに来てくれることはないし、
突如空から天使が降って来ることはないのだろう。
僕が漫画を通して体験する向こうの世界は、
どれもが現実の世界より、
鮮烈で、
刺激的で、
魅力的で、
そして面白かった。
だから高校生になった僕は、
どんな部活に入るかとても迷った。
バリバリ体育会系の部活に入って、
夢を追いかける高校生活は面白いかもしれない。
しかし、毎日努力を続けた先、
その努力に見合うだけの面白さは本当にあるのか。
少年漫画であれば努力の過程で劇的な出会いがあり、
劇的な葛藤があり、劇的な戦いがあり、
その果てにあるものは必ずしも勝利ではないが、
そこには必ず劇的な物語がある。
体育会系の部活に入って、
真摯に努力さえすれば、
本当にそんな劇的で、
面白い高校生活を送る事ができるのか。
その疑念を拭えることはなかったが、
それを易々と諦めることもできなかった。
高校生活は人生で一度きりしかないのだから。
少年漫画の多くは、
舞台が高校になっている。
主人公が高校生の漫画…
なんて条件が広すぎて漫画を絞り込むこともできない。
そして漫画の世界では多くの主人公達が、
最高に面白い高校生活を送っている。
漫画の世界が現実ではないことは知った。
それでも漫画のように面白い世界への憧れを完全に捨てることはできなかった。
社会に出たら働かなければならなくて、
働くことは大変で、
苦しいことだと思っていた。
だから社会に出る前に人生の最高潮は訪れて、
高校生活は人生において最も面白い期間だと思っていた。
だから間違いたくないと思った。
だから高校生活を左右するであろう部活の選択には、
大いに迷っていたのだ。
その日は、
校舎一面、部活の紹介と勧誘で賑わっていた。
様々な部活の先輩が、
自らの部活の面白さをアピールし、
これから共に青春を送る仲間を募集していた。
話を聞けばどれもが面白そうではあったが、
間違う事が出来ない高校生活の重要な選択に、
決定を下すことは出来なかった。
僕は運動神経が良い方ではない。
少なくとも漫画の天才系主人公にはなれないだろう。
しかし、中学までの人生で、
これだけは頑張り続けた、と胸を張れるものもない。
幼少の頃から頑張り続けた努力が高校で実る、
開花系の主人公にもなれないのだ。
自分には何も特別なものはない。
漫画の主人公たる要素は何一つ持ち合わせていない。
では、本当に自分には何もないのか。
それも違う。
平凡かもしれないが、
僕なりに生きた中学生までの人生があった。
その中で僕が持つ、
僕の根幹に関わる大きな価値変動。
人から見れば小さなことでも、
僕の中では忘れられない体験。
それは僕が中学生で、
いじめられている事が悔しくて、
どうにかしてやりたかった時。
クラスメイトの攻撃的な侮辱の言葉が、
僕の返し一つで、
笑いに変わった瞬間だ。
衝撃的に気持ちが良かった。
純然たる悪意が、
僕の面白さに屈したのである。
「面白い」は、
クラスメイトの悪意も、
僕の中にあった悲壮感も、
周りの教室の空気すら、
全てを塗りつぶした。
そんな僕は、
きっと他の同級生よりも、
「面白い」の凄さを知っている。
そんな僕は、
きっと他の同級生よりも、
凄い「面白い」が作れるのではないか。
…そう思った。
では人に「面白い」を提供する部活…
あるのかわからないが、
漫才研究部か、
落語研究部か、
演劇部か、
漫画研究部か…
「面白い」の定義を広くすれば音楽系の部活も全て含まれるだろう。
自分の中で方向性が決まったようで、
いまいち絞り切れていなかった。
しかし、ふと周りを見渡してみると、
新入生はほとんど帰ってしまい、
先輩達の勧誘活動も撤収へと向かっていた。
明日からじっくりと探してみるか。
そう思って僕も帰路へと着こうとした時…
校舎の中に轟音が鳴り響いた。
破壊的な振動が床を伝って足から登り上がってくる。
何事かと思い、
その轟音を辿ってみると、
吹き抜けの大広間で和太鼓を演奏する先輩達と出会った。
初めて見て、
聴いた和太鼓の演奏は、
鮮烈で、
刺激的で、
魅力的で、
そして面白かった。
これは面白い。
間違いなく面白い。
中学生の頃、
クラスメイトの悪意を捻り潰した「面白い」以上の面白さが、
この和太鼓にはあると確信した。
そしてその劇的な出会いの衝撃は、
まるで少年漫画の第一話のようだった。
僕、塩見岳大の物語はここから始まったのであった。
この記事へのコメントはありません。