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和太鼓彩WiNGS新曲「たえて太鼓のなかりせば」作曲秘話 by葛西啓之

日時:令和4年5月5日
執筆者:葛西啓之
タイトル:和太鼓彩WiNGS新曲「たえて太鼓のなかりせば」作曲秘話

みなさまこんにちは。
葛西です。

今回のヒストリーでは、直近の話になりますが、2022年4月9日に行われた和太鼓彩WiNGS 第3回単独公演「陛」にて初披露させていただきました新曲、「たえて太鼓のなかりせば」について綴りたいと思います。

遡ること数ヶ月前、WiNGS代表(当時)の松本くんから、「公演に向けて新曲を作ってほしい」というオファーがありました。
すでに5月で和太鼓彩を卒業することが決まっていた私は、お世話になった(&お世話した笑)WiNGSの面々にも最後に何かしてやりたいな〜と思っていたところでしたので、非常にありがたく、そして快く作曲を引き受けたのであります。

例のごとくコンセプト決めから始まったわけですが、コンセプトはものの数秒で決まりました。
というのも、私がWiNGSの面々に伝えたいことはただ一つであるからです。

それは、

「カッコいい漢たれ」

ということ。これだけ。

私の思う「カッコいい漢」とはなにか。

逃げないこと。
隠さないこと。
自分の気持ちに嘘をつかないこと。
ありのままをさらけ出すこと。
そして、自分の人生に自分で責任を持つこと。

私の勝手な解釈ですが、そんな「カッコいい漢」になっていってほしいな〜と常々思って、向き合ってきたつもりであります。
最後に改めて、彼らに「カッコいい漢たれ」というメッセージを捧げよう、そんな思いで、曲作りを開始しました。

さて、具体的にどんな曲にしようか。

彼らに「カッコいい漢」になってもらうために・・・まずは徹底的に「自分のカッコ悪い部分と向き合ってもらおう」というなんともドSな発想から、構成作りが始まりました。笑

漢っていうのはなかなかに厄介な生き物で、自分のカッコ悪い部分って本当に見たくないんですね。というか、見ようとしない。

自分に自信がない時や何か大切なことから逃げてしまった時、、、
心の中で「このままではいけない」と感じつつもそこに向き合うことができず、外見を着飾ってみたり、見せかけの強さを強調してみたり。
ついついそういうことをしてしまう生き物なんです。
私も然り。

でもカッコいい漢ってのはそうじゃない。
自分のコンプレックスを受け入れて、自分の弱い部分をさらけ出して、ありのままの自分で勝負する「覚悟」を持つこと。
その、ある種の「諦めの良さ」というか、翻って「信念の強さ」みたいなのがカッコいい漢なのであります。(と私は思うのです)

なので本曲では10代20代の若者たちに、普段逃げている自分の負の感情やコンプレックスと向き合って、着飾っているものを脱ぎ捨てて、それを乗り越えて最後には裸一貫で立っているー「覚悟」という武器を手にー、という体験をしてほしいな、と思って作りました。

本曲「たえて太鼓のなかりせば」は、日本の未来を担う10代20代の青年たちが自分の負の部分と向き合いながら、「カッコいい漢」へと「陛(のぼ)」り詰めていくー

そんなストーリーを表した一曲なのです。

さてさて、こんな感じで大枠のコンセプトはできあがっていったわけですが、ここからが本題。

WiNGSメンバーに共通する「カッコ悪いところ」ってなんだろう?

はい、ここが重要なわけですね。
舞台上ではカラフルな髪色して演舞し、時にはたくさんの方からキャーキャー言われたりもする若者たちなわけではありますが、やはり人間誰しもコンプレックスってのはあるわけで。
それは外見だったり内面だったり、はたまた学歴だったり過去の経験だったり・・・当たり前に個々人に違うわけですが、極力全員に共通している感情がいいなあ、と。

そこで注目したのが、「太鼓に出会わなければ、自分の人生どれだけ幸せだったろうかー」という感情です。

これ、大多数の方からしたら意味不明なテクストかもしれないんですが、恐らく学生時代から太鼓をやっている人なら誰しも一度は感じたことがあるんじゃなかろうか?というくらい、太鼓奏者あるあるな感情だと思うんです。

太鼓って本当に不思議な楽器で、学生時代に手を出したが最後。
自分の人生を貪り尽くされるくらい、狂信的にハマってしまうんです。
勉強も家族も恋人もそっちのけになるくらい、ハマります。
もうこれは、逃れようのない不変の真理。
長年太鼓を始めた高校生を見て来てますが、例外なく、人生狂わせられるくらい太鼓に夢中になります。
もはや魔力ですね。

最初はそこまで夢中になるものができて嬉しい楽しい超ハッピーなんですが、次第にいろんな弊害が出て来ます。

最初こそ「最近うちの息子がイキイキしてて嬉しいわ〜」なんて言っていた親からは次第に「あんたいい加減に勉強もしなさい!」と言われるようになり、先生からも「限度をつけないと部活中止にするぞ!」なんて言われ。

そしてトドメの大学4年。
就職活動。

周りの友達はなんの疑問もなく、むしろ希望を持ってキラキラしながら就職活動を始めているのに、なぜか自分は気乗りがしない。
会社の説明会に行っても、「この会社で働きたい!」と、心の中からの衝動が湧き上がってこない。
なぜか。

太鼓が好きすぎるから。

太鼓が好きだ。
太鼓が楽しい。
できることなら太鼓で食べていきたい。
いや、できることなら死ぬまで太鼓だけを叩いていたい!!!!!!

と、太鼓への衝動が抑えられなくなるのです。

そんな気持ちを抑えられなくなり、ある日しれ〜っと、親にジャブを打ってみたりします。

「いや〜なんか〜まあ可能性の話だけど?、別に本心で思ってるわけではないけど?、うん、まあなんか?プロの太鼓奏者とかって道もないわけでもない・・・というかむしろありよりのありって考え方もなきにしもあらずだよね〜」

なんていうように。

するとすかさずこう言われるのです。

「バカ言ってんじゃないよ!!それよりあんた、就職活動はどうなってんの!?●●くんはもう内定出たってお母さんから電話きたけどそれにひきかえあんたは〜※@★〓〆∋%」

と、まあこんな風になるわけです。

それもそうだよな〜、プロの太鼓奏者なんて馬鹿げてる。
せっかく大学にも行かせてもらったんだし、ちゃんと就職しないと!
明日から就職活動がんばるぞ!

・・・と思ったはいいものの、翌日になってもどうにもやる気がおきず、解決しない心のもやもや。

周りの友達はあんなにもキラキラした目で就職活動しているのに!
なんで俺はそこに夢中になれないんだ・・・!!!
俺って普通じゃないのかな、、、俺がおかしいのかな、、、
なんで俺は太鼓の魔力から逃れられないんだ・・・!!!

そしてこう思うのです。

「こんなことなら、太鼓になんて出会わなければよかった」

と。

まあ、これはあくまで私の人生経験であり笑、太鼓を始めた人全員が全員こんな風になるわけではないですが、少なくとも競技人口に対して「どハマりする人の割合」が異常に高い楽器なんじゃないかな、と分析しています。
そして私の見る限り、和太鼓彩のメンバーにおいては、この感情を経験したことのない者はいません。
悩んだ末にプロの道を選んだ私や齋、塩見はもちろん、
社会人としての道を選んだ佐藤や執行、松谷・牛道なんかも、さんざんこの感情と向き合い、何度も涙を流しながら酒を酌み交わしてきました。

それにしても、これだけ日本の若い男を虜にしてしまうとは、おそろしや太鼓の魔力。

そしてこんなにも若者を虜にしておいて、
「夢中になるのは勝手だけど、将来的に食べていけないし、安定もしないよ★」
ときたら、これはもう男を振り回すだけ振り回して最後はスパッと別れる映画の中の悪女かよ、と、そんな風に太鼓への恨みが募るばかりなのであります。(冗談 笑)

さて、話がやや脱線してしまいましたが、翻って、今のWiNGSに所属する若者たちはどうかー。

彼らはまさに、この悩みと葛藤のど真ん中にいます。

特に、最上学年となった宇田・遠西・吉田は、昨年1年間はこの感情の真っ只中にいたんじゃないでしょうか。

大学3年の松本・東野も、様々な人生の選択を迫られる中で、太鼓の魔力の強さに振り回されることもあったでしょう。

まだハタチの隼・川内・佐々木、そして昨年入団したばかりの原・竹中にとっては未知の感情かもしれませんが、近い将来、太鼓の活動を頑張れば頑張るほど、どこかでこの感情にぶつかる日がくるかもしれないー

私、ないしは和太鼓彩の年長メンバーがぶつかり、乗り越えて来たこのどうしようもない感情—太鼓に出会わなければよかったのに—の真っ只中に、WiNGSの面々はいるのであります。

※牛道も例に漏れず同じ感情を学生時代に抱いていましたが、自らそれを乗り越えていまもWiNGSを続けています。
彼はWiNGSの中で唯一、この感情を「乗り越えた」先輩。
ある種「覚悟を持って太鼓を叩いている漢」。
そんな牛道くんが今のWiNGSでは精神的に一番安定しているだろう、ということで、あえて今回は地打ち(締太鼓)をお願いしました。

さて、だいぶ長くなってしまいましたが、本曲ではWiNGSの面々がこの、「太鼓に出会わなければよかったのに」という負の感情と正面から向き合い、曲を通じてそれを乗り越えることー、をテーマに据え置いています。

まだまだハタチそこらの未来ある若者たち。
彼らの大半が将来サラリーマンになったり公務員になったりー、自分の人生を歩んでいくことでしょう。
中にはプロ和太鼓奏者になる者もいるかもしれません。
進む道は様々です。

しかしどの道を選ぶにせよ、大切なことは、青年期に抱く負の感情をきちんと昇華すること。
そこから逃げないで向き合うこと。

太鼓のせいで悩んだり苦しんだりしたけれど、
太鼓のおかげでかけがえのない経験ができた。
一生の仲間たちに出会えた。

後悔や葛藤、否定といった自分の負の感情にケリをつけて、声高にこう叫んで欲しいー。

「やっぱり、太鼓に出会えて良かった!!!」

と。

そうやって自分の負の感情を受け止めて、昇華して、
何があろうと最後は笑って「太鼓に出会えて良かったぜ!」と言い切ってほしい。

なぜならそれが、「カッコいい漢」だと思うから。

これからの日本を支える若者たちが「カッコいい漢」でありますようにー

そんな願いを込めて、私からこの曲を彼らに捧げました。

世の中に太鼓のなかりせば 春の心はのどけからまし

世の中に太鼓があればこそ 我が春はここに咲き誇る

これは、本曲の中でWiNGSメンバーが歌う口上です。

世の中に太鼓がなかったら、俺の青春はどんなにのどかだっただろうかー
・・・いや!世の中に太鼓があるからこそ、俺の青春はここに咲き誇るんだ!

そんなある種の「ケリ」と「覚悟」を、WiNGSの面々には歌ってもらいました。

趣味も仕事も恋愛も、何かを好きになるということは、何かを好きにならないということ。
結局のところ、犠牲が伴うんですよね。
好きになるって、辛いんです。

でも、好きになったものを自分が否定しちゃいけない。
好きになったのは自分だし、決めたのも自分。

自分が好きになったものに自信を持って、それを好きになった自分自身に胸を張って、

「俺はこれが大好きだー!!!」と叫んでほしい。

誰もがそんな風に自分の好きなことを叫べたら、ちょっとは明るい世の中になるんじゃないかなあ。

「若者たちの太鼓への想い」をファクターとして、すべての皆様の「好き」を応援・讃美する一曲、「たえて太鼓のなかりせば」。

どうぞこれからもお楽しみください。

(おわりに)

さて、大変長くなってしまいましたが、小話をもう一つ。
タイトルの「たえて太鼓のなかりせば」には、大きな意味があります。

2020年4月に行った公演「この世を目覚めさせる音。」にてお披露目した和太鼓彩の楽曲「散ればこそ」。

この楽曲タイトルは、

散ればこそ いとど桜はめでたけれ 憂き世になにか 久しかるべき

という和歌から取っています。

桜は散るからこそ美しいのだ、この辛い世に永遠なものなんてあるだろうかーいや、ない。

という意味ですね。

この和歌は私が知る中で一番好きな和歌なんですが、実はこの和歌、とある歌に対する返歌なんですね。

その和歌とは、こちら。

世の中に たえて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし

これは平安の貴公子・六歌仙でもあります在原業平が歌った和歌でして、
咲いたと思った桜がすぐに散ってしまうのが悲しすぎて、

世の中に桜がなかったならば、春の心はもっとのどかでいられたのに(悲しまないですんだのに)

という意味の歌になります。

そんな在原業平の桜を思う気持ちに対して、作者不詳ではありますが誰かが、
「桜は散るからこそ美しいんですよ」と返した、というわけであります。

さて、「たえて太鼓のなかりせば」と「散ればこそ」ではこの和歌のやり取りをモチーフにしておりまして、

若者たちの「世の中に太鼓がなかったら、俺の人生はもっとのどかだったのに」という悩みに対して、
その悩みを乗り越えた和太鼓彩の面々が「いやいや、太鼓に命かける人生も悪くないぜ!」と返す、

と、実はそんな構成になっているのです。

いつかこの2曲を並べて演奏したいな〜なんて思っておりますので、その時をどうぞお楽しみにお待ちください。

ではでは、本日ここまで。
私のヒストリーはどうも長くなりすぎてしまって良くないですね・・・
お付き合いくださいました皆様、ありがとうございました。
ばいば〜い。

5月7日、彩Collection2022@かめありリリオホール で会いましょう!

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