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父からのプレゼント by岡本峻一

日時:令和元年12月20日
執筆者:岡本峻一
タイトル:父からのプレゼント

2012年4月27日金曜日。
18歳になり、大学に入学したばかりの僕はまだどこか浮わついた気持ちで、翌日から始まるゴールデンウィークを前に、よりいっそう、ソワソワしていました。

4月にしては少し肌寒く、夜明け前からしとしとと雨が降っていたその日の早朝。

僕の父はこの世を去りました。

皆さまこんにちは。
和太鼓彩 岡本峻一です。

今回のテーマは父の死についてです。

重くならない訳がない、和太鼓とは直接的な関係が無いようにも思えるこのテーマ。

しかし、僕という人間の人生観を変えた大きな事件で、それを知っていただく事は、この先和太鼓彩の中の岡本峻一という人間の見え方が変わってくるのでは無いかと思います。

もしよろしければ、お付き合いください。

父の姿を思い浮かべると真っ先に思い浮かぶ光景が3つあります。


(晩年の父。とても僕よりも弟が父に似ています笑)

1つは父が家で仕事をしている姿。

平日、仕事から帰ればまずウィスキーを飲み、タバコを吸いながら仕事をし、休みの日も朝からウィスキーとタバコを手にずっと仕事をしていました。

正直あまり遊んでもらった思い出はないです。しかし家でパソコンを開き、仕事をしている父の姿は、たぶん、好きだったのでしょう。僕もパソコンがほしいと、小学1年生の時にはねだっていました。

次に同僚や上司達と一緒に朗らかに笑う父の姿。

とても明るい人でした。父の仕事の都合で海外に住んでいた頃、よく他の駐在している方の家に行ったり来たりして食事をしていました。父はその輪の中心でいつも明るい笑顔を振り撒いていました。

そして最後に祖父の死に涙する父の姿。
僕にとってとても強い人だった父が泣いていた姿を見たのは、これが最初で、最後だったのではないでしょうか。

当時7歳くらいだった僕にはまだ祖父の死は理解も実感もなく、ただ想像もしなかった父の涙は深く僕のなかに残っています。

親子らしい会話は、そんなに多くはなかったと思います。家では呑んでばかり。しらふの父の姿をほぼ覚えていません。それでも大事な父でした。

僕が年齢を重ね中高生になった頃。
反抗期になり、ちょっと素直には口をきけなくなりました。

高校3年生になり、将来を意識したとき、父が歩んできた道の凄さを知りました。反抗期が終わりかけ、それでもちょっと恥ずかしさが残っていました。

大学1年生の4月。
父と母と3人で焼鳥屋に行きました。
「もうすぐ一緒に酒が飲める」そういって、嬉しそうに父は笑っていました。

そしてその直後、4月27日。
深夜3時くらいだったでしょうか。
「父さんが血を吐いて倒れてる」
そういって母に叩き起こされました。

見ると父はすでに意識がありませんでした。救急車に運ばれていった父はそのまま意識が戻らず、息を引き取りました。51歳でした。

その数日後、父の葬式には信じられない数の人が来てくれました。知らない大人が父の前で何人も涙を流してくれている。色々な国から父に宛てた手紙が届く。父が大勢の人に慕われていた事を目の当たりにしました。

ちょうどゴールデンウィーク。1週間程家族で悲しみにくれた僕は、休み明けに愕然とします。あれだけ大きな出来事があったのに、僕にとっては天変地異にも近いことが起こったのに、世の中は何も変わらないのかと。ショックでした。

でもそれでも色々な人が支えてくれました。まだ知り合って1ヶ月にもならない友人や中高の親友。そして少しずつ落ち着きを取り戻した僕はこれからの事を考えるようになります。

1年間の海外留学が必須の学部でした。
どこに行くか考えた時、葬式で特に良くしてくれたドイツ人達の事を思いだし、自分のルーツでもあるドイツへ行くことにしました。


(父とドイツの恩人)

ドイツ語の授業をとり、ドイツの勉強を始めました。

徐々に元気を取り戻し、楽しい時間を取り戻し始めたものの、楽しむことに罪悪感があった当時。

大学の先生の薦めである本を読みます。
「大切な人の死があったからこその選択があったのではないでしょうか。その先にかけがえのない出会いや経験があったのではないでしょうか。それらはおそらく大切な人の死がなければ手に入らなかったもの。その出会いと経験は、大切な人からあなたへの最後のプレゼントなのです。」

この言葉が大きな救いでした。
この言葉をきっかけに、父の死を受け入れることができるようになりました。
細かな場面を含めればありとあらゆる選択が、当時父の死の延長線上にありました。
経験や出会いは自分にとってなくてはならないものであふれていました。
和太鼓彩との出会いももちろんそうです。

父の死なくしてはなかったであろうことを思った時、
それが父からのかけがえのないプレゼントであったと素直に思えるようになったのです。


(おかげ様でその後これくらい元気になりました笑)

さらにこの言葉をきっかけに、自分の人生におけるありとあらゆる選択や出来事が全て、その後の自分の人生に繋がっていると感じられるようになりました。
今の僕はここまで誇りに思う出会いや経験が山のようにあります。
なので、今、僕は自分の人生において後悔していることは、ほとんどありません。

強いて言えば、それでも父とは一回で良いから晩酌を交わしたかった、という事くらいでしょうか。

この気づきもまた、父の死があったからこその気づきです。

これまでの人生、無数の選択をしてきました。
これからもまた、大きな決断をする場面がたくさんあるでしょう。
その場面場面で深く悩むでしょう。考えて、考えて、それで道を選ぶでしょう。
でも、その先で僕は後悔しない自信があります。

どの道にも、きっとその先には素敵な、大事な物にあふれているから。

これから先も、和太鼓彩の中で僕がしていくであろう数々の決断をどうか見守ってください。

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