2023年9月9日和太鼓彩ファンイベント “彩ホーム Vol.29” 渡辺隆寛生誕祭
これは一人の少年が、
夢を喰らい、夢を咲かせる物語…
それは、深く暗い夜。
夜の暗さか、今にも雨が降り出しそうな厚い雲のせいか、
ただ、その空気の重さが今にも街を飲み込みそうな夜だった。
「ねえ、お母さん…。こわい夢見た…。あのお話聞かせて…。」
怯えるような足取りと、今にも泣き出しそうな声で、
男の子は母親の元へ寄り添う。
「はいはい、仕方ないわね。」
少し呆れながらも、暖かく迎えた母は、とある昔話を読み始めた。
『これは、この町に伝わる古い言い伝え。
それはこの世が混沌としていた頃、
世界は暗く、深い闇に覆われ、
悪夢に満ち満ちていました。
人々の泣き声が溢れかえった時、
一柱の守り神が現れたのです。
その守り神は人々の”夢”を喰らう存在。
神は、世界に満ちた悪い夢を喰らうと、
たちまち世界は明るくなり人々は笑顔になります。
そして、人々の心に芽吹く”良い夢”も喰らい出すと、
その夢の種を咲かせ、
それはたいそう立派な華を咲かせるのでした。
今でも、誰かが道に迷った時はそっと現れ、
なんでも、夢の世界へ誘ってくれるのだとか…
後にその守り神は、“バク”と呼ばれるのでした。』
読み終える頃には、男の子はすやすやと夢の中へ足を踏み入れるのだった。
◆都会の雨
街は煌びやかな光で包まれている。
活動的なこの街は、人々が熱を帯びるたびに眩しくなる。
大勢の人々が行き交い、そこには人の流れだけでなく、思いや感情も無数に蠢く。
この都会の喧騒の中では、嫌でも人の棘に触れる。
傘を差そうが、雨で足元が濡れていくように、どうしようもないのだ。
嗚呼、今宵もひとり、夜。
◆雨とカルマ
一歩ずつ踏み出すたび、鈍い金属の音が聞こえる。
足枷だ。
足首に冷たく固い足枷が付いている。
僕のあらゆる行動を制限し、行く手を阻む。
重い。
もういっそ、このままどこにも行きたくなくなるほどに。
しとしと、ぱらぱら、ざーざー。
雨の音が、僕がひとりであることを隠す。
雨だけが、世界と僕を隔絶する。
しかし、世界はひとりになることを、決して許しはしない。
◆鳥籠・NEO
僕が膝を抱えたその時、世界の方から声をかける。
どんどんどんどん!!!!
僕を引き摺り出そうと扉を叩く音がする。
どうか…、どうか、一人にしてほしい……。
殻に篭るように、膝を抱え蹲る。
僕は自らその籠に入るのだ。
世界の孤独にすすり泣き、自らの業に咽び泣く。
どうして僕が、どうして僕なんか。
ひとりに泣き、ひとりを愛した時、
ぷつっと糸が切れるような音がした。
「僕だって、この世界で自由に飛び回りたい。」
思いが叫びとなり、この世界を大きく飛び回る。
空を願い、空を愛した少年の叫び。
どうしてこの空は、
こんな僕をも受け入れてくれるんだ…。
◆出会い、夢、誘い
ふと、清く澄み切った鈴の音が聞こえた。
音の行方を探そうとした時、一人の少女が目に入る。
元からそこにいたのか、いや、僕はいつからここにいたのか。
そんなことを考える間もなく少女がこう言い放つ。
「のぉ、そなた。
そなたの夢は何味じゃ?」
「えっ?」
その瞬間、僕の目の前が光に包まれ意識が遠のいた。
ふと目が覚めると、さっきとは違うところにいた。
ここがどこか、今何が起きているのか状況を掴もうとあたりを見渡した時、
そんなことが一気にどうでも良くなった。
桜だ。
目の前に見たこともないくらい大きく、優しい桜の木が聳え立っていたのだ。
無数の星空の瞬きに負けないくらい燦然と輝くその大木に、心を奪われた。
その時僕は知ってしまったのだ。この世界の美しさを。
◆荒城の月
大木の背には、負けないくらい大きな月が構えている。
いつの時代の月だかわからない。
いや、なぜ“いつの時代”と思ったのであろう。
月が照らす影は、いつの時代も変わらない。
月は見透かすように僕の心を映し出す。
ふとポケットに手を差し伸べると、鍵が入っていた。
嗚呼、なんて簡単なことだったんだ。
足枷なんてなかった、自分で作ったもんだったんだ。
自らの手で冷たく固い鎖の錠を解き放つ。
足取りはそうそう変わるもんじゃない。
ただ、心が軽い。それだけで十分だ。
信念を持って歩みを始めた人間は、強い。
◆ちる花は
かつてこんな俳句を読んだ偉人がいた。
「散ればこそ いとど桜は めでたけれ うき世になにか 久しかるべき」
桜は散るからこそ美しいなんてあまりにも身勝手だ。
散り際のために生まれた人間なんていない。
無常の世の中で、散って尚、
その後に続く光を辿って歩みを進めてくれる存在がいるからこそ、
「あの時美しかった」と言えるのだ。
「ちる花は かずかぎりなし ことごとく 光をひきて 道照らしたもう」
私はのちに続く未来のために輝いて散っていきたい。
◆少女、バク、桜
覚悟を胸に秘めた時、少女が再び現れた。
桜の木に手をかけ優しそうに微笑むと、
たちまちその身が光に覆われ、姿を変え出したのだ。
「我が名はバク。夢を喰らうものじゃ。」
そういうとバクの姿になった少女は僕の身の回りを悠然と走り回り、
気づくと姿を消していた。
◆さくらさくら
「ちる花は かずかぎりなし ことごとく 光をひきて 道照らしたもう」
そんな言葉に言葉に導かれるように、ひとひらずつ桜の葉が舞い落ちる。
きっとこの桜の花も誰かの花なのだ。
そして桜が舞い散るたびに、光の尾を引きまた新たな種を宿す。
想いの華は続いていく。
◆愛を込めて、ガーベラをあなたに
夢は花だ。
人それぞれ咲かせるものが違う。
ただ決して、人と違うからと言って、
その花を無闇に枯らすようなことはしないでほしい。
あなたの花も、私の花も、ともに咲くことのできる園を作ろう。
名前は、そう、
この暗い夜を明かす、そんな意味の言葉で。
あなたも、私も、愛を重ねて生きる。
強く気高く咲き誇る、このガーベラのように。
◆「DAWN」
ふと、目が覚めると街に戻っていた。
雨は上がり、太陽が顔を出している。
眩しい。
立ちあがろうとしたその時、一人の少年が泣いていた。
「どうしたの?」そう尋ねると、
「怖い夢を見たの…」と答えた。
一つ頷くと、続けて僕はこういった。
「君の夢を聞かせて。」
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